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東京高等裁判所 平成8年(う)210号 判決 1996年12月09日

本店所在地

東京都千代田区五番町五番地六号

セントラルコマース株式会社

(右代表者代表取締役 左近充康雄)

本店所在地

東京都江東区東砂二丁目一三番四-五〇三号

有限会社パシフィックインダストリアルインコーポレーション

(右代表者代表取締役 左近充康雄)

本籍

鹿児島県薩摩郡宮之城町屋地二〇九二番地

住居

東京都江東区東砂二丁目一三番四-五〇三号

会社役員

左近充康雄

昭和一五年四月八日生

右の者らに対する各消費税法違反被告事件について、平成七年一二月八日東京地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人らから控訴の申立てがあったので、当裁判所は、検察官井上隆久出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

本件各控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は、その三分の一ずつを各被告人の負担とする。

理由

本件各控訴の趣意は、弁護人根岸清一名義の控訴趣意書及び同補充書に記載のとおりであり、これに対する答弁は、検察官井上隆久作成名義の答弁書に記載されたとおりであるから、これらを引用する。

一  事実誤認の主張について

論旨は、要するに、原判決は、被告人セントラルコマース株式会社(以下「被告会社」という。)の不正受還付額を二八〇七万一一〇九円と認定しているが、正しくは二七八七万四〇〇九円であるから、その差額一九万七一〇〇円を過大に認定している原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認があるというのである。すなわち、消費税法上、輸出品の仕入に係る消費税は、その商品が実際に輸出されたとき還付を受けることができるものであり、被告株式会社は、宮崎鉄工株式会社から、平成三年一一月八日から同月二七日までの間、ソウル地下鉄二号線のギアー七三個を購入し、その合計代金六五七万円及び消費税額一九万七一〇〇円の支払を済ませた後、本件課税期間である平成四年九月二〇日ころから平成五年一〇月一〇日ころまでの間、これらのギアーを五回に分けて船積みし、韓国の裕鎮機工産業株式会社に輸出したというのである。

そこで検討するに、消費税法上、輸出品の仕入に係る消費税については、これを控除し、後日確定申告して還付を受けることができるのであるが、右の控除は、輸出した日ではなく、課税仕入を行った日の属する課税期間において行うものである(同法三〇条、四五条、五二条)。そうすると、所論指摘の輸出品の課税仕入の時期は、本件課税期間に属さないものとなるから、その輸出品に関する消費税の還付額分を不正受還付額から差し引いていない原判決に事実の誤認はない。論旨は理由がない。

二  量刑不当の主張について

論旨は、要するに、被告株式会社及び被告人有限会社パシフィックインダストリアルインコーポレーション(以下「被告有限会社」という)をそれぞれ罰金五〇〇万円に、被告人左近充康雄(以下「被告人左近充」という)を懲役一年六月に処した原判決の量刑は、重すぎて不当であるというのである。

そこで、検討するに、本件は、鉄道用部品の輸出等を主たる業務としていた被告株式会社及び被告有限会社の各代表取締役を務める被告人左近充が、右両会社の各業務に関し、過大に消費税の還付を受けようと企て、いずれも九課税期間(二年三か月間)にわたり、架空の仕入高を計上するなどして、被告株式会社については合計二八〇七万一一〇九円の消費税の不正還付(ただし、うち三二七万五二四〇円は未納消費税等に充当)を、被告有限会社については合計二四四九万一三二八円の消費税の不正還付(ただし、うち一三五万八四五〇円は未納源泉所得税等に充当)を、それぞれ受けたという事実である。

本件は、消費税法上、輸出取引に係る売上については消費税を課されず、仕入に係る消費税については後日確定申告して還付を受けることができるとされていることに目を付け、これを悪用したものであり、まさに還付請求に名を借りた詐欺犯罪ともいうべき事犯である。不正受還付金額は、両会社合計で五二五六万円余の多額であり、しかも、受還付金額中に占める不正受還付金額の割合は、被告株式会社が通算約九九パーセント、被告有限会社が通算約九一パーセントと極めて高率である。本件犯行の動機は、急激な円高のため国際競争力が低下して両会社の輸出事業が不振となり、借入金の返済資金や融通手形の決済資金を捻出する必要に迫られたことにあるというのであるが、そのような動機に酌量の余地は乏しい。犯行態様についても、計画的かつ継続的に行われており、被告有限会社に対する税務調査の開始後も、所轄税務署を異にする被告株式会社につきなおも犯行を継続したものであって、悪質である。その他、本件犯行後、両会社につき修正申告がされているものの、被告株式会社につき本件後に発生した正規の還付金一万六四五四円が国税当局により充当されたほか、不正受還付金の返納がされていないことをも併せ考えると、被告人らの刑事責任は重いといわざるを得ない。

なお、所論は、不正還付を困難にするためのインボイス制度を採用せず、帳簿等だけで申告、還付を認める制度を採用している我が国の消費税法においては、制度自体に矛盾が内包されていると主張するが、この制度は、納税者に対する信頼と還付手続の負担軽減化等の見地から採用されたものであり、十分に合理性があるものであって、制度自体に矛盾があるとはいえない。

そうすると、被告人左近充は、事実を認めて反省していること、両会社につき修正申告を済ませていること、現在は実弟の経営する会社で支配人として働いており、今後その収入の中から不正還付金を返納していきたい旨述べ、実弟も返納に協力する旨約していること、実弟が右会社に発生した本年度の消費税額約一三〇万円につき還付請求をしないことにより本件不正受還付金の一部を返納したと同等の経済的効果を生じさせようとの意向を示していること、被告人左近充には前科前歴がないこと、両会社は現在倒産状態にあることなどの、被告人左近充及び両会社のために酌むことのできる一切の事情を十分考慮しても、被告株式会社及び被告有限会社をそれぞれ罰金五〇〇万円に、被告人左近充を懲役一年六月に処した原判決の量刑はまことにやむを得ないところであって、これらが重すぎて不当であるとはいえない。

よって、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却し、当審における訴訟費用は刑訴法一八一条一項本文によりその三分の一ずつを各被告人に負担させることとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 香城敏麿 裁判官 佐藤公美 裁判官 坂井満)

平成八年(う)第二一〇号

控訴趣意書

被告人 セントラルコマース株式会社

被告人 有限会社パシフィックインダストリ

アルインコーポレーション

被告人 左近充康雄

右の者らに対する消費税法違反被告事件について、控訴の趣意は左記のとおりである。

平成八年四月一日

右弁護人 根岸清一

東京高等裁判所第一刑事部 御中

第一 控訴理由 事実誤認

一 原判決は、被告人セントラルコマース株式会社(以下、被告株式会社という)の不正還付額につき金二八〇七万一一〇九円と認定したが、これは本来は金二七八七万四〇〇九円とすべきであり、その差額金一九万七一〇〇円を過大に認定した違法がある。

その為、原判決の消費税の不正還付額の認定は、事実の誤認に基づくものであり、その誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、その破棄を求める。

二 輸出品にかかる仕入れ代金については、後に支払った消費税が還付されることになっている。本件事案は、この制度を悪用し過大還付を受けたというものであるが、還付手続の実務は、仕入れ即還付ということになるのではなく、仕入れた商品が実際に輸出されたときに、当該輸出にかかる仕入れにつき、支払った消費税の還付を受けることが出来るものである。

ところで、被告株式会社が取引先の宮崎鉄鋼株式会社から平成三年一一月八日から同月二七日までに仕入れた、ソウル地下鉄二号線用のギャー合計八四台の内七三個、代金合計六五七万円は、既に消費税金一九万七一〇〇円を含めて宮崎鉄鋼株式会社に支払済みであるところ、実際の輸出は平成四年九月二八日から平成五年一〇月二一日までの間に、五回に分けて、韓国の裕鎮機工産業株式会社に納品されたものである。

その為、被告株式会社の実際の消費税還付請求は平成四年九月二八日から平成五年一〇月二一日の各消費税申告期限において為され、還付を受けるべきであるから、原審としては、この消費税金一九万七一〇〇円については、本来正当な還付額であり、当然不正還付額から差し引かなければならないのに、それをしなかった違法がある。

確かに、被告株式会社は起訴された公訴事実を認め、原審手続中において争っていないのであるから、原審の認定は無理もないのであるが、真実は右の通りである。

何故、このような主張が今まで提出されなかったかというと、被告人左近充康雄(以下、被告左近充という)は、国税庁による査察の当初に、右事実を主張したが、それは今回の査察の対象外であると言われ、それではしょうがないものと納得させられていたものである。しかも、右輸出は不良品クレームが付いた為に、交換の為に輸出されたものであるので、代金を受け取ることが予定されていないものであり、実際の入金もなかったため、査察の際にも気がつかれなかったものである。しかし、消費税法にいう輸出とは、関税法二条一項二号の、「「輸出」とは、内国貨物を外国に向けて送り出すことをいう。」との、定義がそのまま当てはまるものとされている(木村剛志・大島隆夫著「消費税法の考え方・読み方」六四頁参照)。その為、対価の支払の有無は本来問題とならない筈である。

右輸出の事実は、釜山税関作成の輸入通関免許証により明らかであり、当該商品の仕入れについては、宮崎鉄鋼株式会社の被告株式会社に対する売上げ帳簿により、明らかにすることができる。

三 被告株式会社が、右の事実を控訴審に至って、初めて主張することは、右査察の際に、或いは査察の対象期間から外れているとの説明を受け、或いは輸出については、代金入金が予定されていない輸出として当時追跡調査が行なわれなかったこと、或いは右事実を主張することが出来るか否かについての判断が、査察時の説明により狂わされていたのであり、当審において初めて主張するにつき、止むを得ざる理由があるものである。

そして、右事実の見落としは、本来還付請求が可能な消費税額につき見落としがあったことになり、しかもその金額は、金一九万七一〇〇円に達しており、この事実誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、その破棄を求める。

第二 控訴理由 量刑不当

一 仮に、右還付請求すべき消費税額金一九万七一〇〇円を算入しないことが、被告株式会社の商品仕入時期が起訴された消費税申告期間と食い違うとの理由で、事実誤認に当たらないと判断されるとしても、右還付未了の消費税額が存在したということは厳然たる事実であり、この事実を斟酌しないで為された、被告株式会社及び被告左近充に対する量刑判断は、明らかに不当である。

二 右消費税額に関する主張を原審で行なうことが出来なかった理由は、前記の通りであるが、ここに再説すると、第一に被告左近充は、国税庁の査察の当初に、右事実を主張したが、それは今回の査察の対象外であると言われ、それではしょうがないものと納得させられていたこと。第二に、右輸出は不良品クレームが付いた為に、交換の為に輸出されたものであるので、代金を受け取ることが予定されていないものであるから、輸出に見合う入金がなかったため、輸出の事実そのものが査察の際にも気がつかれなかったものである。しかし、消費税法にいう輸出とは、関税法二条一項二号の、「「輸出」とは、内国貨物を外国に向けて送り出すことをいう。」との、定義がそのまま当てはまるものとされているのであるから、対価の支払の有無は本来問題とならない筈である。

なお右輸出の事実は、釜山税関作成の輸入通関免許証により明らかであり、当該商品の仕入れについては、宮崎鉄鋼株式会社の被告株式会社に対する売上げ帳簿により、明らかにすることができるので、別にその写しを提出する。

なお、釜山税関作成の輸入通関免許証の日本語翻訳文は、後日提出する。

三 原審判決は、被告左近充に対する量刑の理由中、同人に対する有利な情状として、同人が反省していること、既に修正申告を済ませていること、今後実弟の経営する会社で働きながら不正受還付金の返納を決意していること、前科前歴が全くないこと、同人の成育歴・家庭環境等を挙げている。

一方、不利な情状としては、消費税法の制度を悪用したものであること、不正受還付金は全く返納されていないこと、犯行が計画的且つ継続的で多数回に亘ること、被告有限会社に対する税務調査開始後も被告株式会社について犯行を続行したこと、不正受還付金の割合がいずれも九割を超えるという詐欺犯罪というべき破廉恥さを有すること、わが国消費税制に対する一般納税者の不信感、不公平感を醸成する行為であること、を挙げている。

右指摘は、ある意味では尤もな指摘であることは当弁護人も認めざるを得ない。しかし、逆に言うと消費税が大多数の国民の反対を押し切って導入された制度であり、先行導入したヨーロッパでは、本来誘惑に弱い人間の本性に鑑み、インボイス制度を採用し、元々不正還付が行なえない手当をしているのに、帳簿のみで申告、還付を認めている現制度は、仮に制度の是非を論じることは別においても、制度自体に矛盾が内包されているのである。しかも、円相場が一ドル八〇円を下回るという水準は、被告らのような輸出業者にとっては、壊滅的な打撃を与えた。この為、立ち行かなくなって廃業した輸出業者も多数あることは公知の事実であり、被告らも廃業の道を選ぶことも出来たのであるから、安易に不正還付の道を選んだことを責めることはたやすい。しかし、現実に倒産・廃業か、還付金で当座を凌ごうとするかを決断を迫られたときに、不正還付の道を選ぶことも神ならぬ、弱さを持った人間には止むを得ざる決断であったとも言えるのである。

四 直接税の脱税事件においては、逋脱額一億円未満の場合、概ね求刑は懲役一年程度、実刑言渡しの事情としては、逋脱率八〇%以上であるが、前科があるか、執行猶予中の者と通常言われている。しかし、本件は逋脱率こそ八〇%以上であるが、その他はあてはまらず、本件がわが国消費税法違反被告事件第一号として、不当に肩に力の入った求刑になった可能性が強い。逋脱額と不正還付額は実質的に同等の経済的意味を持っているのであるから、これは右基準からして、仮に実刑に処する場合であると判断されたとしても、懲役一〇月以上の量刑は他の脱税事案に比較し、不当に重い量刑であると断ぜざるを得ない。

右被告らに有利な事情を不当に看過した原審判決の量刑は破棄を免れない。

以上

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